福岡地方裁判所 昭和40年(ワ)991号 判決 1967年3月01日
原告 坂本藤吉
右訴訟代理人弁護士 田中実
被告 柿添スマ
<ほか三名>
右被告ら訴訟代理人弁護士 山本二郎
主文
一、被告らは各自原告に対し別紙目録第一記載の建物を収去して同第二記載の土地を明渡し、且つ昭和四〇年九月四日から右土地明渡済に至るまで一ヶ月金二、〇〇〇円の割合による金員を支払え。
二、被告らは各自原告に対し、前項の土地につき福岡法務局昭和三八年五月二五日受付第一二六七三号を以ってなした原因昭和三六年五月五日取得時効による各被告の持分を四分の一宛とする所有権移転仮登記の抹消登記手続をせよ。
三、訴訟費用は被告らの負担とする。
事実
第一、請求の趣旨
「主文同旨」の判決および担保を条件とする仮執行の宣言を求める。
第二、請求の趣旨に対する答弁
「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決および敗訴の場合仮執行免脱の宣言を求める。
≪以下事実省略≫
理由
第一、原告の本件土地所有権取得についての判断
一、原告は本件土地の所有関係については、当庁昭和三八年(ワ)第三八八号事件判決の理由において示された裁判所の判断と異る主張は被告らにおいて許されない(いわゆる争点効としての効力がある)と主張するけれども、当裁判所は法律上の明文の規定がないのに理由中の判断に既判力類似の効力を認めることに帰する右理論を直に採用することはできないと考える。よって本件土地所有権の取得に関する原告の主張の当否について判断する。
二、まず本件土地がもと訴外大野忠雄の所有であったことは当事者間に争いがない。≪証拠省略≫を総合すれば、久保山唯吉は、昭和一三年五月ごろ、天野忠雄から同人所有の本件土地を含めた福岡市大字住吉字東領の土地約一、二〇〇坪余を一括して買受け、これを二三筆に分筆したうえ転売したこと、そして原告は右久保山から昭和一六年五月三日本件土地を買受け同月五日所有権移転登記を受けたことが認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。
第二、原・被告らの間の賃貸借関係についての判断
一、≪証拠省略≫によれば、大正年代より柿添邦太郎が天野忠雄より本件土地を賃借していた事実が認められ、右認定に反する証拠はない。
二、そうすると前記認定のとおり本件土地所有権が天野忠雄から久保山唯吉、次いで原告へと移転したことによって、本件土地の賃貸人たる地位も天野から久保山、次いで原告へと承継されたものというべきである。(≪証拠省略≫によれば、原告が昭和一六年五月三日本件土地を買受けた後、昭和二二年ごろまで、右邦太郎は、月額三円五〇銭の借地料を原告方に持参して支払っていた事実が認められ、右認定に反する≪証拠省略≫は信用することができず、他に右認定を動かす証拠はないが、以上の事実は右賃貸借の承継を裏付けるものと解される。)
三、そして柿添邦太郎が昭和二五年六月二一日死亡したことは当事者間に争いがなく、≪証拠省略≫によれば被告柿添スマは邦太郎の妻であり、その余の被告らはその子であると認められるので邦太郎の死亡によりいずれも右土地の賃借人としての地位を承継したというべきである。
第三、被告らの背信的行為についての判断
一、柿添邦太郎が昭和一六年ごろから、原告方に地代を持参していたことは前記第二の二かっこ書内で認定したとおりであり≪証拠省略≫によれば、昭和二二年ごろまでは、柿添邦太郎は原告方に本件賃料を持参していたがその後持参しなくなったので、原告はその後しばしば被告方を訪れ賃料の支払いを催告したり、地代の値上の協議を求めていたが、被告らは言を左右にしてこれに応ずる態度を示さなかったこと、昭和三八年四月ころ被告方で被告柿添春子に対し同様の催告をしたところまるでこれにとり合わず「訴訟でもなんでもなさるが良いですよ。」と言うような有様であったことが認められ(る)。≪証拠判断省略≫
二、また被告らが原告に対し昭和三八年五月本件土地につき所有権移転登記手続請求の訴(当庁昭和三八年(ワ)第三八八号事件)を提起し、昭和四〇年五月二五日被告らの請求を棄却する旨の判決の言渡しがあり、右判決が確定したことは当事者間に争いがなく、≪証拠省略≫によれば、右訴は邦太郎が昭和一六年ころ天野忠雄より本件土地の贈与をうけていたことおよび右日時を起算日として被告らが本件土地を時効取得したことを理由とするものであったと認められる。
三、ところで≪証拠省略≫によれば、被告らは邦太郎の死亡のころまでは邦太郎と同居していたと認められ、したがって邦太郎が昭和一六年ころから原告方に本件土地の賃料を持参していたことを知っていたと推認されるが、前記一記載のような事情の下で被告らが昭和三八年五月原告に対し土地所有権移転登記手続請求の訴を提起したことは、被告らが自らを真実の所有者であると信ずべき正当の事由があってしたとはいえず、訴提起前においても、賃貸人たる原告に対し賃借人としての義務の履行も怠っていた事実と相まって賃貸借関係における当事者の信頼関係を著しく破壊する背信的行為というべきである。
第四、契約解除の意思表示についての判断
一、賃貸借は賃貸人賃借人の継続的な信頼関係を基礎とする法律関係であるから賃借人において当事者間の信頼関係を著しく破壊するような背信的な行為がある場合には、賃貸人は何ら催告を要しないで賃貸借を解除しうる解除権を取得しうると解するのが相当であるが、前記認定の事実によれば、被告らにおいて著しい背信行為があったというべきであるから、右行為により原告は本件土地についての賃貸借契約の解除権を取得したというべきである。
二、そして原告が被告らに対し昭和四〇年八月三一日付書面で本件土地についての賃貸借契約解除の意思表示をなし同年九月三日被告らに到達したことは被告天羽を除く被告らと原告の間で争がなく、被告天羽の関係では≪証拠省略≫によりこれを認めることができる。
三、被告らは原告の右解除の意思表示は権利の乱用であると主張するが、前記認定のような被告らにおいて著しい背信行為があったような事情の下で原告が右解除の意思表示をしたことは当然の権利行使であり、原告に本件土地を使用する必要性がなく、また原告が被告らに地代の協議を求めて地代を支払う機会を与えなかったとしても権利の乱用ということはできないし、他に右解除の意思表示が権利の乱用であると認めるに足る証拠はない。
四、そうすると原告の解除の意思表示は昭和四〇年九月三日その効力を生じ、同日かぎり原被告間の本件土地の賃貸借契約は終了したといわなければならない。
第五、本件土地明渡および損害金請求についての判断
一、右事実によると被告らは原告に対し本件土地を原状に復して返還する義務があり被告らの義務はその性質上不可分と解される。ところで鑑定人野見山繁信の鑑定の結果によれば本件土地上に本件建物が存在していると認められるから、被告らは原状回復のため本件建物を収去して本件土地を明渡す義務がある。
二、ところで被告らが右義務の履行を怠っていることは弁論の全趣旨から明らかであり、被告らは右義務の不履行により生じた損害を賠償する義務があるといわなければならない。そして右損害は本件土地の賃料相当額と解される。そこで賃料相当額について検討してみると、本件土地上にある建物の延面積は、≪証拠省略≫によれば一四七・〇六平方メートル(四四坪四合八勺)であると認められ、したがって右建物の敷地については地代家賃統制令の適用がないことは明らかであるが、仮にこれをありとした場合≪証拠省略≫によれば本件土地の昭和四一年度の固定資産評価額は六九四、九八〇円、固定資産税額は二、三六六円、都市計画税額は四五〇円であると認められるからその統制地代額は一、五〇八円(円以下切捨)となることは計算上明らかである
〔〕
ところで通常地代家賃統制令の適用をうけない土地についての賃料は統制をうけると仮定した場合の統制地代額を上廻ることは公知の事実であり、本件土地の位置を考慮に入れると本件土地の相当賃料は一ヶ月金二、〇〇〇円を下らないと認めるのが相当である。そうすると被告らは原告に対し本件土地の賃貸借契約が解除された日の翌日である昭和四〇年九月四日から右土地明渡ずみまで毎月二、〇〇〇円の割合による損害金を支払う義務があり、右義務も不可分債務と解するのが相当である。
第六、登記の抹消登記手続請求についての判断
一、被告らが原告主張の登記をうけていることは当事者間に争がない。
二、被告らは本件土地を時効取得したと主張するけれども本件土地についての柿添邦太郎およびその相続人である被告らの占有権原が賃借権であったことは前記第二認定のとおりでありしたがって自主占有であったとはいえないからその余の点について判断するまでもなく被告らの主張は理由がない。
三、そうすると被告らは各自原告に対し原告主張の登記の抹消登記手続をなす義務がある。
第七、結論
一、原告の本訴請求はすべて正当であるからこれを認容する。
二、訴訟費用については民事訴訟法第八九条、第九三条を適用する。
三、仮執行宣言の申立は相当でないからこれを却下する。
よって主文のとおり判決する。
(裁判官 越山安久)
<以下省略>